現在私たちが生きている状況に即した作品に対して
与えられている名前ということになるのだろうか。
もしかしたら、それは作品だけではなく、
現在の時代そのものを示しているのかもしれない。
現実があり、インターネットがあり、
それらが整然と区別されているのではなく
オンラインとオフラインが入り混じった状態にある
ポスト・インターネット時代に、私たちは生きている。
だから、この入り組んだ状況に意識的になることが
インターネットとアートのこれからを探るためには重要になってくるのである。
それにしても、あんな騒ぎになるとは思いもしなかった。
会見で石原氏のことを言えばその場が一気に盛り上がり、
和むだろうと考えていただけだ。
会見を御覧になった方はお分かりだろうが、私はテレビ映えしない。
だから言葉の上で何か面白いことを言って切り抜けないことには
どうしようもない。だからああいうことを言っただけ。
それがメディアの作ったストーリーによって思わぬ大きさに膨らんでしまった。
だがそもそもは、作家が言いたいことを言い合った、ただそれだけだ。
作家というものは昔からさまざまな形でぶつかったり、反目したりしてきた。
文学上の論争のこともあったし、私怨(しえん)に近いこともあった。
まっとうな作品批判から相手の生活や容姿を嘲(あざけ)るようなものまで、
熱心に、幅広く行われてきた。
時には言葉だけでなく肉体的な暴力に発展する場合まであったのだ。
今回は言葉の上のこと。なのにそこへメディアが集まった。
まるで事件現場に群がるように。
つまりいまの日本というのは、作家の言い合いに過剰に反応するほどにまで、
ものが言いづらい世の中なのではなかろうか。
だから好きなことを言う人間を珍しがっているのではないのか。
そのあたりを、人の言い合いを流すだけのメディアは、
いったいどう考えるのか。
私はネットをほとんど知らないが、
ブログやツイッターで言いたいことを言っているように見える日本人は、
実は言いたいことを出し切れていないのかもしれない。
この点を分析する能力は自分にはない。
ひょっとすると、言いたいことを自由に言っている石原氏や私は、
古いタイプの書き手なのだろうか。
(たなか・しんや、作家=「共(とも)喰(ぐ)い」で第146回芥川賞)
そんなドリフターズが一躍有名になったのは、何と言ってもザ・ビートルズの来日公演(日本武道館)での前座という大役を勤めた、1966年6月だっただろう。
この事について、加藤茶は後日、こう語っている。
「最初は好きなようにやってくれって言われたんだよ。で、何をしようかって話をしてると、『30分くらいでお願いします』って言って来たんだ。
じゃあわかったと。で、またそれから数日後に『15分でやって下さい』って言われた。
あれ~?短くなっていくなぁって思ってると、またその数日後には『5分でやってくれ』って言われてさ。もう、5分って言われてもねぇ(笑)。
で、結局当日にはもっと短くしろって言われたんだよ」。
そしてドリフターズが実際に行ったステージは僅かに数十秒。ビートルズもカヴァーしていたリトル・リチャードの名曲「のっぽのサリー」を1コーラスだけプレイした後、
いかりやの「逃げろ!」という合図とともに一斉にステージを駆け下りる、という内容だった(笑)。


「中学生からの質問」
三日坊主が治りません。
例えば、勉強計画を作ってたんですけど
3日で終わってしまいます。
何をやっても3日で終わってしまうんです。
何かいい方法を教えてください。
「所ジョージ 顧問」
3日で終わっちゃうのは恵まれてるから。
勉強や練習はやらなくていいものなら
やりたくないよ誰でも。
中には好きだって人もいますけど、
大半の人はやりたくないんですよ。
でもやってる人いるじゃん。
そういう人はどういうふうに続けてるかといったら
いろんな人に感謝してるんだと思う。
今勉強をやってられる自分とか、
あと、親であったり、学校に行けてる自分とか。
いろんなことに感謝すると簡単には投げられない。
で、これ、当たり前だと思って、
恵まれてる事に気づいてないといくらでも投げられる。
当たり前だと思ってるから。
感謝して、これはみんなのおかげなんだと思うと
簡単には、飽きちゃっても投げられない。
学校に通えるのはなんのおかげかなと。
なぜ私はいつも食事ができるのだろうと。
なぜポケットにお金が入っているんだろう。
そこを、なぜ?なぜ?と、たくさん考えれば考えるほど
感謝できるような自分が育つ。
(出典: corporalsteiner)
NHKで沖縄ブームの立役者となった「ちゅらさん」というドラマがあったが、その中で沖縄と東京を対比して描くエピソードがあった。沖縄から出てきたヒロインの友人が、東京は冷たいところだ、嫌なところだ、沖縄に帰りたいと愚痴る。それに対して東京人の菅野美穂のキャラが激怒していう
「私は、東京生まれの東京育ちなの。私も思うよ。東京って嫌なところがあるって。でもね。東京を嫌な街にしたのは、あんたのような人達よ。東京に暮らしていながら東京を好きになろうとしない。愛そうとしない。どうせいつかは出ていくんだ。それまで我慢してるだけだ。そんな人達ばかりの街が、いい街になるわけがない
…東京に対して失礼よ。そんなに沖縄がいいのなら帰ればいい。帰って東京の悪口言ってればいいでしょ。あそこは、人の住む町じゃないとか何とか言ってりゃいい。でも私は、そうは思わない。ここは人が暮らしてる町だよ」自分はこの脚本を書いた岡田氏は、健全な認識を持っていたと思う。田舎者よ。そういう自分は東京で何をした? 東京のためになにをした? 東京のせいなのか? すべて自分じゃないのか?
共同体を愛していない人間が共同体の一員になるのは不幸なことだ。共同体のためにもならないし、個人のためにもならない。東京だけに限らない。市町村だろうと都道府県だろうと。国だってそうだろう
SuperMTec