それにしても、あんな騒ぎになるとは思いもしなかった。
会見で石原氏のことを言えばその場が一気に盛り上がり、
和むだろうと考えていただけだ。
会見を御覧になった方はお分かりだろうが、私はテレビ映えしない。
だから言葉の上で何か面白いことを言って切り抜けないことには
どうしようもない。だからああいうことを言っただけ。
それがメディアの作ったストーリーによって思わぬ大きさに膨らんでしまった。

 だがそもそもは、作家が言いたいことを言い合った、ただそれだけだ。
作家というものは昔からさまざまな形でぶつかったり、反目したりしてきた。
文学上の論争のこともあったし、私怨(しえん)に近いこともあった。
まっとうな作品批判から相手の生活や容姿を嘲(あざけ)るようなものまで、
熱心に、幅広く行われてきた。
時には言葉だけでなく肉体的な暴力に発展する場合まであったのだ。

 今回は言葉の上のこと。なのにそこへメディアが集まった。
まるで事件現場に群がるように。
つまりいまの日本というのは、作家の言い合いに過剰に反応するほどにまで、
ものが言いづらい世の中なのではなかろうか。
だから好きなことを言う人間を珍しがっているのではないのか。
そのあたりを、人の言い合いを流すだけのメディアは、
いったいどう考えるのか。
私はネットをほとんど知らないが、
ブログやツイッターで言いたいことを言っているように見える日本人は、
実は言いたいことを出し切れていないのかもしれない。
この点を分析する能力は自分にはない。
ひょっとすると、言いたいことを自由に言っている石原氏や私は、
古いタイプの書き手なのだろうか。
(たなか・しんや、作家=「共(とも)喰(ぐ)い」で第146回芥川賞)